 |
| |
 |
| |
 |
 |
 |
当商店街の名にもなる聖天了徳院は、知る人ぞ知る易相の大家「水野南北」(1760年〜1837年)が放蕩無頼であった青年期、院主の論しに因り大成。以来熟心な信者となり、江戸後期寛政から天保にかけ、全国に3千もの易相弟子を摧したことが、企画、調査、の段階で判明。「占いの商店街」構想に確たる発信のきっかけとなった。 |
|
|
 |
|
 |
 |
| 浦江の聖天さん(聖天了徳院)への参拝道として古くより発展。心斎橋筋、九条新道、十丁目筋(現天神橋筋)の各商店街と並び称され、戦前は大阪の4大商店街といわれた。 |
|
|
 |
 |
| 西梅田地区大規模開発に伴い、阪神福島地下化の跡地に「ホテル阪神」が平成11年春移転開業。JR東西線「新福島駅」誕生、USJの成功等で、周辺の景況が大きく変わり、デザイナービル、エスニック料理店、ラテンクラブ、おしゃれな飲食店が次々オープン。新しいスポットとしてタウン誌等に掲載され、若者の注目を集め始めている。 |
| |
 |
| |
 |
 |
組織強化(平成11年12月振興組合に法人化)、
老朽化していた街路灯・アーチを新設、街路をカラー舗装化(平成13年〜平成14年3月)によりハード、ソフト両面の積極な取り組みと実績が評価され、法人化のモデル商店街として全国商店街振興組合連合会より全国で唯一推挙され、全国県市町村機関及び未組織商店街への啓蒙用としてVTR撮影(平成14年8月〜平成15年3月)。IT化推進の起爆として「売れても占い商店街」を提案型発信(平成14年8月23日夜店にて)。新聞、TV、ラジオ、雑誌等の各メディアに大きく取り上げられ、驚くべき来街者(推定1万6千人)があったのを機に、「占いの商店街」定着に向け、毎週金曜日に「売れても占い金曜館」を常設、特に毎月第4金曜日には占い師20〜30人規模で「売れて売れても占いデー」とし、当商店街街路にて街占いも行う。ゆくゆくは日本全国の占い師による、大占い大会、修学旅行等の観光バスも立ち寄る「全国区の商店街」にと夢見る。 |
|